05≪ 2017/06 ≫07
123456789101112131415161718192021222324252627282930
個別記事の管理2010-02-22 (Mon)
新年のごあいさつもままならず、久しぶりの更新となりました。今年初めての更新で、とっても悲しいお知らせをしなくてはなりません。



タイトルにもありますように、我が家の次女、サザナミインコのミモルが亡くなりました。



2月17日の朝のことでした。



まだ気持ちの整理はなかなかつきませんが、無事にお葬式を済ませることができましたので、これまで応援してくださった皆様に、きちんとご報告をさせていただこうと思います。



亡くなる前の晩、羽を膨らませて具合悪そうにしており、また、ごはんも朝にあげたりんご以外、食べていないようでした。そして、フンの量が少なく、血便があることに驚き、翌日病院へ連れて行こうと思っておりました。ところが、翌朝にはもう息をひきとっているようでした。



その日の早朝、5時ごろだったと思いますが、地震があり、ケージ音がしたので、そらがまたパニックかな?と思い、卵がおなかに入っていたこともあったので、駆けつけて「大丈夫だよー」とカバーごしに声をかけました。ところが、もう騒いでいる気配がなかったので、そらももう少しの地震くらいは大丈夫なのかなと考え、再び寝室へ戻りました。



しかし、後になって思うと、それはミモルが落鳥してしまった時の音だったのかもしれません・・。



前の晩、早く寝かせようと早めにカバーを掛けました。翌朝も、通常なら朝5時半頃に起床しすぐカバーをはずしてやるのですが、その日はぎりぎりまで寝かせてやろうと、朝ごはんの準備が整ってから7時頃にカバーを取りました。



地震の時に、ミモルの様子もちゃんとうかがってあげれば・・、朝もっと早くにカバーを開けていれば・・と考えます。そうすれば、せめて亡くなる瞬間に立ち会えたかもしれないのに・・。



もし、あの地震が起きた時に、ミモルが息をひきとろうとしていたのだとしたら、あの時、そらに対して「大丈夫だよ」と掛けた声が、せめてミモルにも届いていてほしいと、ミモルの気持ちを少しでも安心させてやることができていたら・・と、願います。



ミモルをまだ暗い中、ひとりで死なせてしまったことは本当に本当に悔やまれます。



しかし、それを言えば、もっと早く病院に連れて行っていれば・・と思います。



ミモルはまだたったの1歳と5ヶ月でした。



亡くなってしまった原因ははっきりとは分かりません。ただ、飼い主である私の観察不足、注意不足であったことには間違いありません。



思い返せば、不調を思わせる変化は前から確かにあったのです。



私がそれをもっと深刻なことと受け止めて、早い段階で病院に連れて行ってあげられたらよかったと思います。



鳥さんは、本能で具合が悪いのを隠そうとする傾向があり、人間が気がついた時には相当悪くなっていることが多い、というような情報は知っておりました。にもかかわらず、ミモルが出していたサインに気が付いてあげられなかったのです。正確に言えば、気が付いていながら、見過ごしていました。飼い主として本当に失格です。ミモルには本当に申し訳ないことをしました。



ただ、我が家にはそらも生きています。ミモルを死を無駄にしないように、ミモルの分もそらをこれまで以上に注意深く見守ってやりたいと思います。そして、願わくば、この度の出来事が、私が言える立場ではありませんが、皆様の愛鳥の健康と長生きのために、少しでもお役に立てればと思います。



亡くなってしまった原因がはっきり分からず、今となってはあれがいけなかっただろうか、これは正しかったのかと、あれこれ考えてしまいます。ですので、関係のないことや正しくない情報も含まれている可能性はありますが、以下は、私がミモルを病院へ連れて行こうと考える前から見られていたミモルの変化と、後から考えて気が付いたことです。つまり、情けないのですが、この段階以前に病院へ連れて行けていたら、もしかしたら助かったかもしれないのです。少しでも参考になればと思います。



1.眠そうにしていることが多くなった。



2.もともと飛ぶのが得意ではないが、さらに重そうに飛ぶようになった(体重が増えたわけではないのに)。



3.もともとよく転んだり、落ちたりするが、それが増えた。



4.転んだときにどこか打ったりしなかったか。

  ミモルにとって、家の床等は硬すぎはしなかったか(着地があまり上手じゃないため)。



5.ずっとごはんを食べつづけているわりに、あまり体重が増えない(食べ物が合っていないかもしれない、ごはんはちゃん   と消化できていたのか、特にペレットを食べない子だったので栄養が足りていたかどうか不安)。



6.りんごや葉もの類は足りていたかどうか。



7.放鳥中の水分の補給は十分であったかどうか。



8.放鳥中、何か変なものは口にしなかったか。



9.温かさは十分だったか(鳥ヒーターはもちろんありましたが)。



10.その他、大きなストレスはなかったか。



ほかにもっとあるかもしれませんが、今考えられるところは以上になります。





最後になりますが、17、18日と自宅でお通夜をして、19日の朝にお葬式を致しました。



ミモルちゃん、亡くなっても最期までずーっとかわいいお顔のまんま、まるで眠っているように天使となりました。



できることはもうわずかしか残されていませんでしたが、最期はできるだけ時間をかけてお別れをしました。



火葬へ向かう直前に、みんなで我が家の各部屋をまわりました。ミモルとの思い出があちこちにあり、これがミモルと一緒に過ごす最期の時かと思うと、とても悲しかったです・・。



そしてお別れの時、大好きなりんご(亡くなる前の日もりんごだけは食べられました。だったらもっとたくさんあげたらよかったと思います・・。)やごはん、粟の穂、大のお気に入りのおもちゃのボールに、つまようじやバードテントなど、たっくさん持たせました。「みんなずーっと家族」というタイトルで、家族みんなの似顔絵にメッセージを入れた手紙も持たせました。いつでも帰ってこられるように、そらとミモルの名前を付け加えた住民票も持たせました。そして、大好きなそらの羽を足に持たせ、大好きな主人の髪の毛も携えて、色とりどりの、とってもかわいくてミモちゃんらしいたくさんのお花に囲まれて旅立ちました。まるで絵画のように美しかったです。



その後、かわいらしい小さな骨壷に入れていただいて、また一緒にお家に帰ってきました。今は、静かにまたもとのケージで眠っています。



ちいさなちいさなミモルちゃんが残していった穴は、とってもとっても大きいです。ミモルがいた時間というのは、いなかった時間と比べたらはるかに少なかったはずなのですが、不思議なくらいミモルの存在は私たちにとってあたりまえで、かけががえのないものでした。未だに、亡くなってしまったことが信じられなく、違和感を感じずにはおれません。悲しみもしばらくは続くでしょう。



だけども、ミモルはたのしい思い出をたっくさん残していってくれました。だから、しばらくはつらくても、私たちはきっと乗り越えられると思っています。



ミモちゃんにも、私たちと同じように楽しかった瞬間がたくさんたくさんあったらうれしいな、と思います。



そして、これまでもこれからもずーっと、ミモルは我が家の大切な家族の一員に変わりはありません。





「忘れないでね。」



末筆ですが、応援してくださった皆様、愛鳥家の皆様、この度は大変申し訳ありませんでした。そして、ありがとうごうざいました。





※この度ミモルがお世話になりましたペットのための葬儀屋さんは「ペットPaPa」さん、というところです。



ミモルのような小さな鳥さんにも丁寧に対応してくださりました。お骨もきちんと残してくださいます。また、マンション住まいなど、ご近隣に知られないようにそっと行いないたいなどの希望にも配慮してくださいます。お葬式とは、悲しいさなか、あまり時間もない中で進めねばならないつらいことですが、大切な最期のお別れです。私たちにとっては、最期にしてあげられる精一杯のことでした。どうぞ参考にされてみて下さい。


web拍手 by FC2

Theme : 鳥さんとの暮らし * Genre : ペット * Category : サザナミインコのミモル
* Comment : (0) * Trackback : (0) |
コメント







管理者にだけ表示を許可する